正社員OL・育休中|日米ハーフとして、赤ちゃんと向き合う今の気持ち

妊娠・出産

産休・育休に入り、私の毎日は一気に変わりました。
今は正社員OLですが、仕事から少し離れて、赤ちゃんとの時間を過ごしています。

そして私は、日本生まれ・日本育ちの日米ハーフ。
これまでずっと、集団の中の少数派として生きてきました。

私の旦那は日本人なので、赤ちゃんは日米のクォーターに分類されます。

ハーフ自体が私の幼少期と比べて物珍しいものではないと考えていますが
一方で外国人への風当たりも強くみられる印象があります。

子どもがクォーターであることを自覚したとき、
どう受け止めてくれるのか、少し不安があります。

そもそも自分がハーフであることについてどう思っているのか

そもそも私は自分がハーフであることについて
どちらかというと「ラッキー」と思うことがあります。

というか、その領域にようやくいくことができました。

語学力が低いことはコンプレックスですし
ハーフなだけ、と思っていることも事実です。

社会に出るよりも、学生時代の方が複雑な気持ちが多かったです。

何も気にすることのなかった幼稚園時代

私は幼稚園に通っていました。
親の希望で少し離れた幼稚園に車とバスで通っていたことから
当時の友達と同じ小学校になることはありませんでした。

でも、幼稚園時代はハーフという事を自覚することもなければ
不都合な思いはひとつもしなかったように思います。

よく「お人形さんみたい」といわれていた記憶があります。

なぜ私だけカタカナの苗字なのか聞かれた小学生時代

小学生になると、一気に自分と他人という存在が分かるようになりました。
可愛い子や華奢な子、人気な子や目立つ子がでてきます。
「私はあの子にはなれない」
ある日、そんなことを思ったことを覚えています。

そして小学生時代、なぜ私だけ苗字がカタカナなのか聞かれました。
なんてことない、素朴な疑問だったんだと思います。
だけど、私の心は乱されました。
私と同じ人はいないことにさみしさを感じました。

他のハーフの子が嫌われていて残酷だと思った中学生時代

正直たまたまだと思いますし、絶対にあってはならないのですが。
この頃、学年が7クラスあり、帰国子女の方や他の国のハーフの人が3人ほどいました。

そして、とある血筋を持った女性のハーフの方に出会いましたが
その人は嫌われていました。

ショッキングだったのは、学校のとある女性の先生も嫌っていました。
今思うと、その先生は人づきあいが苦手そうな性格をしていたのですが、その生徒は距離感が近くリアクションも非常に大きく、しつこく感じていたのではないかと思います。

その子は少し日本語が不自由で、発音に癖がありました。
でも、それだけだったんです。

むしろ私なんかよりスタイルもスラっとしてて綺麗だし
たしか、芸能事務所に所属していたような覚えがあります。
(ハーフ、人に認められる居場所が欲しいのか、わたしもそういう世界に行きたいと思っていたころがあります。超偏見なので書くか迷います)

見た目とイメージのギャップに自分が悩む高校生時代

高校は進学校のようなところへ進みました。
地元では出会えなかったさまざまなバックグランドや夢や目的をもった生徒が多く
私は一気に心が折れました(-_-;)
 
外国語が大好きで英語が得意な生徒
英語なんて当たり前、フランス語まで流ちょうな友達
ハワイに住んでいた帰国子女
今も実業家として活躍するお金持ちの経営者一家
ーー世間の広さを目の当たりにしました

そして家で父としか英語を使ってこなかった私は
発音も微妙、文法知識も微妙、成績順のクラスわけでは下位クラスになるなど・・・
ちやほやされた幼稚園時代とはもう違い、「個人の魅力」を評価される世界で大きく挫折しました。

それと同時に、これまでちょっとコンプレックスにもなっていたハーフという自分は大した個性でもなんでもないんだなとも思いました。

物珍しさで近づいてくる男性が多かった大学生時代

大学生になると、学園祭や交流イベントなどで
色々な世界の人と触れる機会がありました。

自己紹介でハーフについて触れられることはもはや自分の中で定番ですが
そのころには「いちいち面倒くさい」というよりも
「興味を持ってくれて嬉しい」と思うように。

そして、なんかモテたように思います。
それまでハーフに触れてこなかった世界の人からは特に興味を持たれました。
お化粧も始めたからかな。

ポジティブな興味を持ってくれることは、私にとってとても嬉しかったのを覚えています。

日米ハーフとして、子どもを育てるということ。

赤ちゃんの顔に、クォーターらしさは見られません。
ちょっと鼻が高いかなくらい。
でも、この先の成長過程で「外国の血」が出てくるのだと思っています。

・この子は、どんなふうに自分のルーツを感じるんだろう
・私が感じてきた違和感、同じように感じるのかな
・どんな言葉で、自分のことを説明するようになるんだろう

私は日本で育ったけれど、
「見た目」と「中身」がずれていると思う事も多くて、
ずっと小さな違和感を抱えながら生きてきました。

集団生活の中で見た目が違うことや、
学校行事でアメリカ人の親が参加することが、
日本で生活するうえでどうしても目立ってしまうことは身をもって経験してきました。

だからこそ、
この子には集団生活の中では
少しマイノリティな血は入っていることを自覚してもらいながら
「どんな自分でもいい」って、自然に思えるように育ってほしいなと思います。

そのために、常に寄り添えるような親でいたいです。


本日は日米ハーフの視点から、クォーターで生きる我が子について
学生時代の思い出を振り返りながら記事を書きました。

読んでくださりありがとうございます。